ブラジル、中国、ドイツ、日本の4カ国で調査を実施

中島: 私たちは、デジタルテクノロジーを自然に心地よく感じられるサービスや体験をデザインするためのコンセプトとして「AFFECTIVE DESIGN」を提唱しています。これまで、遠地にいる人の気配を感じるベンチや、道案内の利用を想定した、手を引くような感覚を与えるプロダクトなど、自然で直感的なサービスのデザインを進めています。

今後、「AFFECTIVE DESIGN」のコンセプトに基づく製品やサービスをデザインするにあたって、いま世の中の人はテクノロジーやデジタルというものについてどんなイメージをもっているのか、どのような価値観で社会と向き合っているのか……など、デジタルテクノロジーに関する「時代の空気」をあらためて知りたいと思い、グローバルな意識調査を行うことにしました。

実際の調査にあたっては、世界各地に拠点をもつクリエイティブコンサルティング会社「マンダラ(mandalah)」のマイケルさんと一緒に行いました。

マイケル:マンダラのマイケル・キフル(Michael Keferl)です。まず調査を行うにあたり、今回は「TRUST(信頼)」をテーマに、文化や人種の異なる以下の4カ国をターゲットに各国のカルチャーに由来する価値観の違いを探っていきました。

サンパウロ、リオデジャネイロ(ブラジル)……2016年にオリンピックが開催されるなど、近年、めざましい経済発展をとげているものの、デジタル化は先進国ほど進んでいない。

上海(中国)……スマホによるモバイル決済システムが普及するなど、ここ数年、急速なデジタル化が進んでいる。「金盾」と呼ばれる情報検閲など、政府による社会統制が行われている点は、経済大国として珍しい。

ベルリン(ドイツ)……EU圏でも最大の経済規模を誇る。日本と同じように現金を信頼している人が多く、キャッシュレス化はあまり進んでいない。個人情報に対する意識が高い点も特徴。

東京(日本)……少子高齢化による人口減少時代を迎え、労働力不足の解決策としてデジタルテクノロジーやAIへの期待が大きい。SNSやブログなど個人による情報発信が盛ん。

文化圏や経済状況の異なる各地域から1カ国ずつ選出し、それらの国と比較することで、デジタルテクノロジーに関する日本の特徴も浮かび上がってくるだろうと予想しました。

調査方法は、インタビューによって得られた情報をもとに、その背景を考察し、「AFFECTIVE DESIGN」とデジタルの関係性を探るというものでした。インタビューでは、各国5~8名の専門家や市民に人とデジタルテクノロジーへの向き合い方について幅広く意見を聞きました。

調査結果は、とても興味深いものでした。国ごとの特徴もわかり、「AFFECTIVE DESIGN」のヒントがたくさん見つかったと思っています。インタビュー調査のなかで、とくに印象的だったコメントを順に紹介します。

各国のデジタルテクノロジー対する価値観とは

サンパウロ、リオデジャネイロ――
「セキュリティ」は安心を
担保してくれる頼もしいもの

「危険で、夜は一人で歩けない。監視カメラが設置されていると安心する」(ヘルステック起業家)

「ひとりでタクシーに乗るのも怖いことがあるが、Uberのタクシーなら安心。」(MBA教授)

マイケル:近年、都市部を中心に開発が進められ、経済発展が続くブラジルですが、その一方で治安の悪さが問題となっています。凶悪事件も多く、殺人発生率は10万人あたり30.3人で欧州の30倍とされ、日本の外務省も渡航時の注意を呼びかけています。

そのような状況のサンパウロやリオデジャネイロでは、先進諸国においてはたびたび「プライバシーの侵害」という文脈で語られる「監視カメラ」が、安心を担保してくれるものとして好意的に受け取られています。また、タクシー配車サービスの「Uber」について、「無犯罪証明を提出したドライバーのみが登録できるので安心」という意見もあるなど、「Uber」は「セキュリティー」という観点でユーザーに心理的な価値をもたらしているということがわかりました。

上海――
デジタルが進化させる新しい信用社会

「キャッシュレスの決済システムは本当に便利。1年以上、現金を使っていない」

「現金を使わなくなってから、金銭感覚が鈍くなった。いくらでも使えると思ってしまう」

「キャッシュレス決済サービスは信用取引の1つの側面ですが、まだ人と人との信頼関係が重視されています。これは西洋の文化よりも複雑だと思います」

マイケル:ここ数年、中国では「アリペイ」をはじめとするキャッシュレス決済システムが爆発的に普及しました。いまや屋台でさえもキャッシュレス決済が当たり前で、現金をまったく所持していないという人もめずらしくありません。

インタビューでも、当然、キャッシュレス化に関する話が中心になりました。「便利」「使いやすい」などといった意見が大半でしたが、なかには「キャッシュレス決済をするようになってから『お金』というものがイメージしづらくなり、金銭感覚がおかしくなった」という意見もありました。

また、「以前はポケットに入っていた小銭を募金することもあったが、電子化してから募金することがなくなってしまった」という意見では、「お金のコミュニケーションツールとしての役割」について考えさせられました。

たとえば、お年玉をキャッシュレスで子どもにあげることを想像してみてください。それは合理的ではあるけれども、何か大切なものが失われていると感じませんか? お金のやりとりは、気持ちのやりとりでもあると私は思います。キャッシュレス化にも、人の感性とテクノロジーを考えるうえで大きなヒントが隠れていると感じました。

ベルリン――
過剰な「プライバシー」保護は
わずらわしい

「プライバシーを保護する法律が強すぎる」(フォトグラファー)

「サービスを利用する際の規約や条項が多すぎて把握しきれない」(グラフィックデザイナー)

「AIは信用できない。なぜなら、アルゴリズムを設計しているのは人間だから」(プログラマー)

マイケル:ベルリンで関心を集めたキーワードは、「プライバシー」です。ドイツは先進諸国のなかでもとくに個人情報の取り扱いに対して厳格な国で、2018年からEU加盟国で施行された「一般データ保護規則」(GDPR)に関連する法律もいち早く整備されました。

しかし、そうした法律に息苦しさを感じている人も少なくないようです。たとえば、あるフォトグラファーは、「満員のスタジアムで写真を撮ると、そこに写っている全員の許諾を得ないと公表できない」という非現実的な状況を嘆いていました。

また、みなさんも経験があると思いますが、「ネット上で何かのサービスを利用する際、利用規約の『同意します』を何度もクリックしないとサービスを開始できず、うんざりする」という方もいました。ドイツではGDPRの規則があるため、この確認がとても多くなります。法律や規制が強くなりすぎると、かえって不便になるというわけです。

さらに、アルゴリズムやAIについては、「中立で信頼できる」「個人情報を人間に見られるのは嫌だけど、AIに見られて分析されるのは問題ない」というポジティブな意見がある一方、「AIは信用できない。AIのアルゴリズムを設計するのが人間である以上、人間の思想やものの見方がわずかながら反映されてしまうので、完全な中立はありえない」と反対の意見を述べるプログラマーもいて、AIについては様々な考えや立場があることをあらためて実感しました。

東京――
本当に「トラスト」(信頼)できるのは、
友人からの情報

「新聞や雑誌よりも、友人からの情報がいちばん信頼できる」(エンジニア)

「東日本大震災以降、『豊かさ』に対する価値観が変化してきている」「AIをうまく使いこなすための力を学校で育ててあげるべき」(ジャーナリスト)

マイケル:日本は、十人十色。特に東京ではデジタルテクノロジーに関する考え方は人それぞれで、「特徴のないことが東京の特徴」という言い方もできるかもしれません。

ただ、そうしたなかで「新聞やテレビよりも、友人からの情報のほうが信頼できる」という意見が印象的でした。たとえば、地震などの災害が起きたとき、「ツイッターやメールなどで現地の友人からダイレクトに情報を得る」という人が東京には少なくありませんでしたが、これは他国では聞かれなかったコメントです。人と人との間に信頼の関係性が強く見られる、という発見がありました。

また、あるテックジャーナリストの教育に関する意見も心に残りました。「これまで日本の学校では、問題の答えを導く方法を教えてきたが、これからの時代、多くの問題はAIが解決してくれるようになる。これからは、どうすればAIに問題を解決してもらえるか、問いの立て方や問題提起の仕方などを教える必要があるのではないか」と。

さらに、その方は「東日本大震災以降、日本人の豊かさに対する価値観が変化してきている」とも言っていました。「これまでは、『便利さ=豊かさ』だったが、より人間らしいもの、自分の感性に強く訴えかけてくるものに価値があると、多くの方が気づきはじめている」ということです。

これからの時代において、
人と様々なものの関係性を
捉え直すために
デジタルテクノロジーが
果たす役割とは

中島:「TRUST(信頼)」をテーマにした今回の調査をとおして、デジタルテクノロジーはどの国でも確実に日常に浸透していることがわかりました。また各国のカルチャーや個人の価値観、社会情勢によってその役割は様々に変化しながら価値を生んでいる一方で、デジタルテクノロジーによって生活に歪みが生まれ続けている現状も見えてきました。


私はこの調査から、人の生活とこれからのデジタルテクノロジーを考えるうえで「関係性のアップデート」がキーワードになるのではないかと感じました。たとえば、キャッシュレス化システムでは、ユーザーがお金の本質を忘れてしまわないように、これまで使ってきた現金の感覚を保ち続ける工夫が何か必要だと感じました。これは感覚を引き継げることが大切という意味であって、古いものがなくなるのを嘆くわけではありません。


AFFECTIVE DESIGN PROJECTでは、今後さらにこの調査結果を分析し、人とあらゆるものの関係性がどうアップデートされていくべきかを描いていきたいと思います。社会的背景や状況に応じた人の気持ちを理解することで、様々なものとの関係性をよりポジティブな方向へアップデートしていく。そんな自然で心地いいデジタルテクノロジーの在り方に共感していただける、様々なパートナー企業と連携しながら、「AFFECTIVE DESIGN」が目指す社会の実現に向けた取り組みを続けていきたいと考えています。