人とともに成長する、
生命が宿る建築。
EQ Houseに実装された
建築×デジタルの技術とは。
――EQ Houseのコンセプトは「人とともに成長する、生命が宿る建築」です。具体的にどのようなかたちで表現・実装されているのか、いくつかご紹介いただけますか。
EQ Houseは、“人の感性”と“自然環境”の両方に呼応し、学び、成長する近未来の建築です。従来の建築のイメージを超えて、心地よい自然のように、あるいは生命が宿っているようにも感じられるような、暮らしを優しく見守る建築を目指しました。
建物を包む1200枚にも及ぶパネルには細やかな開口が設けられ、木漏れ日のような美しい光環境を生み出していますが、これは365日・24時間の日射シミュレーションによって最適な形状とレイアウトとしています。その上で、自然現象や人の好みなどの不確定要素に対応できるよう、動的に環境を制御できる装置として“通電フィルム”を活用しています。
――それはどんなものなのでしょうか?
例えば、窓際に近づくとセンサーが反応し、大判のガラス窓に貼られた通電フィルムがその人を受け容れるように、呼吸をしているかのような明滅状態から透明状態に変わります。この変化するタイミングの“ぴったり感”や自然なリズムの明滅を調整することは、人と建築をつなぐ上でとても大切で、AFFECTIVE DESIGN PROJECTのみなさんとともに試行錯誤を繰り返しました。機械的・物質的な建物ではなく、あくまで呼吸をしているような、あるいは皮膚をまとっているような建築を目指しました。
――まさしく建築物に“生命が宿っている”かのようにみえますね。
このようにして「建築に人格を持たせたい」ということは当初から思い描いていました。人と建築をダイレクトにつなぐために、人の位置によって、空調・照明・通電フィルムを最適な組み合わせで制御できたり、スマートウォッチからポジティブな評価データを建築にフィードバックして、その後の空調・照明の目標値設定に反映させたりということも可能です。
また、人の会話の活性度に合わせて照明や通電フィルムの動作、さらには“香り”を変化させる演出では、“家が人の心を理解する未来”を描けたと感じています。
人とモノ、
建築との関係性を
見直すキーワードは
“パーソナライズ”
――なぜ、こうしたコンセプトの建築を実現しようと考えたのでしょうか。
目的や用途からして、建築にもさまざまなバリエーションがあります。センシングや学習機能のレベルが上がり、建築が人とコミュニケートし、好みを理解できるようになれば、人が建築に対して何かしらの感情移入をできる状態になる、と私は考えています。
人と建築の距離感は、目的に応じて様々にデザインできますが、建築が饒舌に話せば距離が縮まるとも限りません。当社のビルコミュニケーションシステム®︎を活用しながら、建築と一体になったIoTを実現し、人と環境と建築を繋ぐ実験的な施設としてEQ Houseを設計・施工しました。
――そうしたお考えのベースには、どんな意図が反映されているのでしょう?
近年、建築に限らず、人とモノの関係がやや希薄になっていると感じていました。人はモノに高い性能を求める傾向がありますが、性能が高ければそれだけで満足するとは限りません。その人自身がもっと積極的にモノに関わり、自分にピッタリの環境を自由に作ることができるようにする。そのためにも、モノは人とコミュニケートし、好みを理解する。そいう関係を築くことができればと思いました。
――確かにそうですね。それがある意味、建築の世界でも起こっているということでしょうか?
はい。今では、建築においてもデジタルとリアルを一体的な体験としてデザインできるようになりつつあります。それにより、建築に対して我々が感情移入できる状態を生み出すことができると考えています。人と建築、都市、自然が一緒に育っていく状態をつくりたい。そこには“パーソナライズ”という視点が必要だと思いました。
すなわちEQ Houseに施した数々の仕組みによって人と建築の距離が縮まる。その空間内に“その人ならでは”の環境が生まれ、感情移入の度合いも高まる。人と建築がコミュニケートし、共に成長する――。そんな関係性を目指しています。
――もともとEQ Houseはメルセデス・ベンツ日本と竹中工務店のコラボレーションによって生まれました。どんな未来を発信するため施設なのでしょう?
EQ Houseは、「近い未来に、私たちのライフスタイル、モビリティとリビングはいったいどうなっていくのか、実際に造ってみよう」ということでスタートしたプロジェクトです。コンセプトに留まらず、技術的に成立させて実現することを目指しました。
――電動モビリティを包括するメルセデスの新ブランド「EQ」を発信していくという大きな目的も含まれています。
EQ HouseはCASE戦略、EQブランドを体験できる、まったく新しいコンセプトの施設として計画されました。CASEという概念が私たちの生活に浸透した未来、あるいはリビングとモビリティが融合した際の新しい可能性を、今後共様々なイベントを通して発信していく予定です。
――プロジェクトにおいて“AFFECTIVE DESIGN PROJECT”との協業に至った経緯についてもご紹介ください。
EQ Houseの設計における最大の特徴は、家のなかにモビリティを取り込んだ〈モビリティチューブ〉という空間と、その家の生活者が暮らす〈リビングチューブ〉という空間を交差させ、人・家・モビリティの関係性を密にした“近未来的な空間”をつくったことでした。更に、デジタル的に透過度をコントロールできる“通電フィルム”によって空間全体を包み、中央の透明なガラスインターフェースには様々な情報を浮かび上がらせることとしました。
基本設計がまとまった段階で、多くのデジタルエージェンシーと協業の可能性についてコンタクトを取るなかで、六本木のAFFECTIVE DESIGN STUDIOとの出合いがありました。
すべてがシームレスに
つながれば、
都市全体が自分の家になる
――AFFECTIVE DESIGNに対する、はじめの印象は?
六本木のAFFECTIVE DESIGN STUDIOでそのコンセプトについてお話を聞き、AFFECTIVE DESIGNを体現する数々のテクノロジーも見せていただきました。一見、デジタルと建築には分野として大きな隔たりがあると感じる方が多いかもしれません。しかし、「人の感性を中心に据える」というAFFECTIVE DESIGNの考え方は私がこれまで建築家として大切にしてきたポリシーにとても近く、メンバーの皆さんが発する一言一言に感銘を受けたことを覚えています。
こういった新領域のプロジェクトを成功させるためには、まずお互いの目線を合わせるコミュニケーションが重要で通常はそこに多くの時間をかけます。しかし今回は、最初からお互いの活動に対する共感があったおかげで、目線を合わせるためのコミュニケーションの時間を大幅に削減できたと思っています。
――最後に、もう少し近未来的な話もうかがいます。EQ Houseではモビリティを生活のなかに取り込むということにもチャレンジされています。人と建築とモビリティの関係はどうなっていくのでしょうか。
必ずしも居住者が所有する車だけを想定しているわけではなく、例えば「移動手段としてカーシェアを選べば、そのモビリティが自動運転で家の中に入ってくる」といったシチュエーションも想定しています。そのためガラスインターフェースには、家の情報だけでなく、家の向こう側に停まっているモビリティの情報も映し出されます。
モビリティ業界のトレンドである“CASE”(Connected:コネクト、Autonomous:自動運転、Shared and Services:シェアアンドサービス、Electric:電動化)によって電動化・自動化がこれからもっと進んでいけば、モビリティと人と建築との距離は縮まっていくと思いますそれにより動くもの・動かないものの境界がなくなり、すべてがシームレスにつながる。都市全体が自分の家の延長のように感じられる新たな体験も提供できると考えています。
――EQ Houseに訪れた方々の反応はいかがでしたか。
良い意味で、驚いてくれています。かねてより、ここを訪問した方々の感性を刺激するような“体験”には着目していました。コンセプトを丁寧に構築して具現化することで、近未来を感じて頂ける建築になったと思います。
リビング(生活)とモビリティ、さらには人と自然をつなぐ空間をまずは実感してもらいたかったし、それこそ入口の部分から直感的に人の感性に訴えかけるような演出を施せたと思います。
(取材・文:安田博勇、撮影:平郡 政宏)